IEEEと言えば、数々の無線通信規格の制定に携わり、2023年にできたスマートホームの工業規格 Matterとの関わりも深い電気・電子技術関連の学会です。この IEEEは 2024年11月に TRON電脳住宅をマイルストーン認定しました。

TRON電脳住宅は現在のスマートホームの前身ともなった実験施設ですが、IEEEは TRON電脳住宅のどこを評価したのでしょうか?

スマートホームにも大きく関わる IEEE

Institute of Electrical and Electronics Engineers(IEEE、「あいとりぷるいー」と読みます)はアメリカに本拠地を置く電気・電子技術に関する学術研究学会で、技術標準化にも多く携わってきました。特に Local Area Network(LAN)に関する標準規格である IEEE802シリーズは広く普及しています。イーサネット、WiFi、Threadなどで通信を行う際の規格を定めたのは IEEEです。

イーサネット、WiFi、Threadは現在広がりつつあるスマートホームの標準規格 Matterにおいても重要な役割を果たす通信技術となっています。

IEEEは、「IEEEマイルストーン」という顕彰活動も行っています。これは電気・電子技術分野の発展に大きく貢献した歴史的偉業を称えるものです。

過去の例としては、ボルタ電池、ヘルツによる電磁波の生成、CDオーディオプレイヤーの開発など、現在までに 200件ほどの表彰がなされています。

日本からの受賞には、TFT液晶ディスプレイ(シャープ)、世界初の量産ハイブリッドカー(トヨタ)、レーザーイオン化質量分析計(島津製作所)などが挙げられます。

TRON電脳住宅

TRON電脳住宅は、情報・セキュリティ・空調・照明などの自動管理をテーマとし、1989年に竣工、1993年まで一般公開が行われていた実験的な住宅です。

図 TRON電脳住宅(https://www.tronware.jp/blog/2024/10/tw209/)

以下に、TRON電脳住宅に実装された機能の一部を紹介します。

・生活シーンに合わせて切り替わる照明
・電気コンセントのように付け替えられる水道コンセント
・風を検知して開閉する窓
・輻射熱を利用する冷暖房システム
・調味料の量や火加減を自動で調節する自動調理システム
・血圧や尿の自動分析装置を備えた温水式洗浄便座

 

図 TRON電脳住宅の内装(https://30th.tron.org/lixil.html、https://newspicks.com/news/1264179/body/)

驚くべきはこれらをインターネットのない時代に実現したということでしょう。入場者数は延べ 1万人に達し、実際に居住した方々からフィードバックを得ることでスマートホーム関連技術は大きく進展しています。ウォシュレットやヘルスケアモニター、シーン照明などは TRON電脳住宅での実用実験を経て一般化していきました。

また、TRON電脳住宅の技術を引き継いだ住宅として、「トヨタ夢の住宅PAPI(2005年)」、「東京大学大和ダイワユビキタス学術研究館(2014年)」、「INIAD HUB-1(2017年)」などがあります。

TRON電脳住宅の意義とは

TRON電脳住宅は東京大学坂村教授の「TRONプロジェクト」の一環として建設された住宅でした。これは、日常生活のあらゆる部分(電球1個、壁パネル1枚)にまでマイクロコンピュータが入り込み、何らかの形で人間と関わりを持つようになる未来を目指すものです。

それらのコンピュータはバラバラに扱うのではなく、標準によってうまく連携させる必要があります。それらを繋ぐべく開発されたのが TRON OSです。TRON OSは現在でもパソコン以外の用途でリアルタイム組込みOSとして高いシェアを持っています。

TRONプロジェクトが目指したものは、現代で言うところの Internet of Things(IoT)そのものです。インターネットが無かった時代に30年以上先の未来の暮らしを高い精度で予見したもので、これを具体的な形にしたことが現在まで評価される要因の 1つになっています。

TRON電脳住宅から現在へ

TRON電脳住宅が建設された当時、コンピュータ自身のパワーは今と比べ物にならないほど脆弱なもので、各種センサーやアクチュエータを稼働させるために、地下に 100台近いコンピュータが埋設されていました。2025年現在の技術を利用すればこれら全てを組込みチップで制御できます。

インターネットや無線通信技術の発展も相まって、30年前に構想された「未来の住宅」は技術的には問題なく実現できるものになり、経済的にも十分あり得る選択肢となりました。

最後の課題は「機器同士の上手な連携」に関するものです。TRON電脳住宅では 1つの設計思想の下、画一的な規格で全ての機器が連携していたため、「連携」について問題は生じませんでした。複数のメーカーがそれぞれ機能の異なる機器を販売する現在、これらの機器が上手く連携できないという問題は残っています。

しかし、この状況もスマートホーム標準規格 Matterの登場によって改善されつつあります。スマートホーム普及に向けた課題は着実に解決されつつあり、5年後、10年後の住宅と私たちの暮らしは今とは大きく異なるものとなっているでしょう。私たちはその転換点にいます。