スマートホームの文脈において、しばしば「エコシステム」という用語が登場しますが、これは何を意味するのでしょうか?なぜ普通の「システム」ではなく、「エコ(eco)」が付くのでしょう?ここでは「エコシステム」に込められたサプライヤーの気持ちを推察しつつ、エコシステムという用語の具体的な意味を探って参ります。

また、本稿では Matterエコシステムの特徴である multi-fabricという機能、及びそれを可能とするセキュリティ通信方式について解説します。

エコシステムとは?

エコシステム(ecosystem)とは、本来、「生態系」を意味する生物学用語であり、動植物の食物連鎖や互恵関係などのシステムを表す言葉です。これが近年では ITや新エネルギー分野におけるバリューチェーン、電力網、情報通信網などの様々なシステムを比喩的に表す用語として使われるようになりました。

例えば、ビジネスにおいて、大企業の凋落や新興企業の勃興によって業界全体の形が変化する様子は、食物連鎖システムの中で特定の種が増えすぎたり、減少したりすることで生態系全体に影響を与える様子に似ています。ビジネスの様々な場面においても、複雑で、相互作用する動的なシステムを生態系になぞらえ、エコシステムと呼んでいるのです。

スマートホームの文脈の中でのエコシステムは「スマートホームデバイスと関連ソフトウェア、及びデバイス間の接続関係全体」を広く表しています。

スマートホームデバイスは、新たに加わったり、別のものに付け加えられたり、センサーと照明が連動したリ、と動的で柔軟な接続関係を特徴とします。サプライヤーとしては、このような相互に影響を及ぼし合う様子を「エコシステム」という言葉で表現したいのだと考えられます。

Matter multi-fabric

近年、新たに登場したスマートホーム用通信規格に Matterがありますが、当規格は multi-fabric(multi-admin)という機能を持つことを特徴とします。以下で multi-fabricについて見ていきましょう。

Matter規格では 1つの管理デバイス(スマホやPC、スマートスピーカーなど)を始点として 1つのエコシステムが構成されます。管理デバイスの数だけエコシステムが存在しているわけです。

そして、エコシステムの構成要素である各デバイス(照明やセンサ、空調など)は複数のエコシステムに登録できます。これによって、1つの照明は Aという管理デバイスによって操作できると同時に、Bという管理デバイスで操作することも可能です。

このようなエコシステム同士の関係性、及びこのシステム構成によって可能になる「複数デバイスによる操作機能」を multi-fabricと呼びます。

図 Matterエコシステムにおける multi-fabricの概念

Multi-fabricを実現する識別 & 認証方式

Multi-fabricは安全な通信セキュリティの確立と利便性(通信速度)を両立させる機能です。

例えば、無制限にデバイスがエコシステムへ接続することを許せば、悪意ある攻撃に対する脆弱性が高まりますが、これを防ぐために面倒な認証手順を設ければ、通信速度や通信容量が制限されます。実際に、Matterの前身となった Zigbeeという近距離無線通信規格は柔軟な接続性を特徴としますが、通信の度に複雑な認証プロセスを実行していたため、低速な通信しか行えませんでした。

デバイスが家庭内に留まるスマートホームの場合は、一度デバイス識別を行えば、以降は簡単な認証プロセスで通信ができるようにする方が合理的です。

Matterでは、デバイスを初めてエコシステムに接続する識別プロセスにおいて、同じエコシステム内に存在することを証明する認証コードを管理デバイスから発行します。以降の通信では、この認証コードを持っていれば、複雑な認証プロセスを経ることなく、エコシステム内で相互に高速な通信を実行できます。

他方、同じ認証コードを共有しないデバイス同士は同じエコシステムに属していません。この場合はデバイス同士で通信を行えず、外部からの攻撃を迅速に防ぐことができます。

図 Matterにおける認証システム